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今日、日本に住んで長くなるイタリア人の友人と食事をしましたが、彼は、中学を受験しているご子息のことで深刻に悩んでいました。…塾などには行かせなかったのです。しかし、実際に受験となると、その咎を受けるのはどうしようもありません。そして、今、このご夫婦は、「塾に行かせなかったのは本当に正しかったのか?」と、真剣に悩んでいるのです。
彼等と話しているうちに、私も、考えれば考える程、日本の「塾システム」の馬鹿々々しさに気分が滅入ってきました。このイタリア人の友人は、「負け惜しみで言うのではないけど、こういうシステムで教育された日本の若者の『国際社会での競争力』は、必ず落ちていくと思うよ」と言っていましたが、私もそう思います。
日本の塾システムは、学校でやっているのと同じ教科を、ほぼ同じ目的で、並行して教えるシステムです。欧米人には、これは全く理解できません。もし本当にそれが必要なのなら、「現在の学校での教育は有効に出来ていない」ということなのですから、「それなら、学校での教え方そのものを変えなければならない」と考えるのが当然だからです。
「学校で教えない教科を教える為の特殊な塾がある」というのなら分かります。高校が終わってから、ストレートに入れなかった大学を受験する為の「進学予備校」があるというのも、勿論理解できます。しかし、「小学校の時から、上級の学校に行くための特殊教育を、普通の学校教育と並行して受けなければならない」というシステムは、彼等にはどうにも理解できない代物である筈です。「crazyと言う以外にどう言えばよいのか?」と、彼等は心の中できっと考えていることでしょう。
最近の入試がどんなものなのかについては、私は殆ど何も知りませんが、恐らくは、それぞれの学校が、「どうすれば不合格者をふるい落とせるか」について智恵を絞っているのではないでしょうか? こうなると、幾つかの「トリッキーな問題」が受験生の運命を決めることになりますから、受験生側としても、そういう問題に対する対策がなければならないことになります。
"あー、これは全く現実を理解していない怠慢オヤジのブルシットだね。イタリア人の子供のバカ話はあまりにバカだから無視するけれどさ。子供が勉強していないのに、勉強ができないのに、有名私立中学に受験させようというのは、ただただ呆れるだけだからな。それともあれかね、ハーフでイケメンなら有名私立中学に入れる資格があるってことをイイタイのかね?
そしてだ、自分の子供達は「多様な価値観に支えられた」欧米において「ちゃんとした高等教育を受けさせ」たんだろうけれどさ。手前は運良くアガッテおいて、最上段からゴミを投げつけるたあ、ふてぶてしさにもホドがある。
問題は「塾システム」にあるんじゃない。公的学校システムが大問題であって、まさに「現在の学校での教育は有効に出来ていない」なんだよ。そして、受験塾というのは普通「学校で教えない教科を教える為の特殊な塾」そのものだし、「塾システム」とそれを利用した「難関校」の入学生・卒業生が日本の知識社会が退潮することの堤防のひとつになっているという事実があるんだよ。しかも、中学受験の問題を実際にやってみればわかるけれど、決して「幾つかのトリッキーな問題」じゃないんだよ、残念なことに。もしかすると、日本で施行されている最も公平で最も妥当な知性の選抜試験かもしれないんだよ。そしてだ、その知的パズルのような受験問題を解かせて知的退潮を防ぐ「塾システム」と、知的に崩壊してただの馴れ合い集会所と成り下がっている地元の「公立学校」の間はポジとネガのような相補的な関係なんだ。
何より、もう腐りきっている公的学校の教育システムは各家庭の努力じゃ変えようがないんだよ。そして、みんな自分の子供が受験を通過しちゃった後は、公教育問題にコミットするようなインセンティブを持たないんだ。いやむしろさ、普段政府に規制緩和を強く求めている松本氏としてはさ、自由競争である塾を利用した現在のシステムこそがあるべき姿なんじゃないの?公教育という公共財をキチンとしようということはさ、市場システムが働かないということなんだけれど。
もしも、公教育を個人で変えることができると思うなら、ここでブルシットを述べずに、そのQualcommの膨大な退職金で変える努力をしてくれないか?
(via kashino)